2009年4月21日火曜日

カーネーション 1

74年4月。日本はオイルショック後の不況。一時帰休(レイオフ)が広がり、強制された休みに一部の若者は海外旅行に出て行った。当時、切れ切れに発表されていた檀一雄の”火宅の人”に触発された私は断念したポルトガルへ向かった。マドリッドで数日遊び、リスボン行きの夜行に乗り込んだのは24日。
翌朝、国境を越えた列車は田舎の駅に突然停まった。ホームには武装した兵隊の一団。乗降口を封鎖した。何が起きたのか、同室のポルトガル人、彼は出稼ぎのパリから兄の結婚式に帰郷途次なのだが、さっぱり判らないと云う。お互い片言の英語では意思疎通もままならず事情不明のまま、軟禁状態が続いた。将校が現れたのは昼をはるかに超えた頃だった。リベラシオン!聞き取れたのはたった一語。革命か、えらいところに出くわした。不安が一気に膨れ上がった。

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