2009年4月28日火曜日

しのぎ

もう旧聞になるが総理が”しのぎ”なるやくざ用語を使って話題になったことがあった。世界に誇る
まんが文化に造詣の深い総理だから、つい知の一端を漏らしてしまったに違いない。暴対法施行以来
、やくざのしのぎが様変わりしたと云う。従来の資金源の主力だったみかじめ料が姿を消したらしい
。活路を闇金に求めたのはご存知。
さて昨日、MAJINさんがおもしろいことを言っていた。漢検バッシングは天下りを受け入れなかったか
らに違いない。
確かに頷ける卓見だ。自分たちだけ甘い汁を吸うのはけしからん。監督官庁をないがしろにしている。
ここは一罰百戒。分け前を差しださなければどうなるかみせてやろうと考えたのか?
天下り先確保が最優先されるキャリアの考えそうなことだ。
いやもしかしたら、日本文化の伝統を守る文科省だ。消え去ろうとするみかじめ料の伝統を継承しよう
としたのかもしれない。

2009年4月27日月曜日

バリ島 2

93年だったか、バリはクタのホテル。プールサイドでバンドの生演奏があっ
た。TEARS IN HEAVENのリクエストに答えてくれたリーダーをテーブルに招
いたときの話。
東チモール出身と聞いて閃いた。あのカーネーション革命後、ポルトガルは
全ての植民地を放棄した。独立が相次ぐ中で取り残されたのが東チモールだ
。(西チモールは旧オランダ領だったためインドネシアの独立と同時にその
一部となっている。)インドネシア軍が侵入し、国連やポルトガルの反対に
もかかわらず実効支配が続いていた。現状を尋ねる僕に彼は重い口を開いた
。もともと西も東もない。一つの島の一つの民族だと。
日本も無縁ではない。大戦中は旧オランダ領を占領し、チモールでは豪州
とそれぞれ現地住民を組織してゲリラ戦を戦ったのだ。
どういう巡り合わせだろう。東チモールが独立まで国連統治されていた間、
軍の主力は豪州軍でありPKOで自衛隊が派遣されたのだ。
東チモールの正式名称は、Republika Demokratika Timor Lorosa'e
テトゥン語でロロは太陽、サエは出る。つまり日出る国=日本と同義ではな
いか。無関心ではいられない。

2009年4月26日日曜日

草ナギ事件

あまりにばかばかしくて論評する気にもならない。マスコミのやかましさは目に余る。公器を使って騒ぐほどのことはあるまい。他にもっと報道するべきことがあるだろう。タレントの不祥事のたびに声高に断罪する姿勢が不愉快だ。マスコミに絶対逆らうことのできないタレントはスケープゴートに打ってつけなのだろう。視聴率が稼げればそれで良しとする志の低さは呆れるしかない。
喜んでいるのは厚生労働省だろう。介護に疲れて自殺した元タレントのことはあまり報道されると具合悪い。制度の欠陥が広く知られてしまう。特にこの時期はまずい。3月末に厚労省の役人が目論んだ介護認定基準の見直しの改正なるものの内容をご存知だろうか?小泉改革の指針で毎年2000億円づつ予算を削減しなければならない。これまでの5年間でできることは全てやってしまった。困った役人は不思議な論理を編み出した。寝たきりの病人は動けないのだから介護の必要はない。だから介護認定は自立、つまりお金は出しません。勝手にしなさい。信じられない滅茶苦茶な内容だ。排尿・排便から床ずれ予防の寝返り、食事の介助、入浴など果てしない介護を全て家族に押し付ける。介護に疲れ自殺者まで出ているのに、更なる負担を強いる。死ねというのに等しい。
こんな認定基準の変更を年度末のどさくさに紛れてを強行しようとした。さすがに母親の介護実績を売りにする枡添大臣だ。STOPがかかった。只今、実施内容を実態に合わせて検討中。こんな切実な問題なのに新聞で詳しい内容を読んだ覚えがない。もしかして僕が見逃していたのだろうか?
草ナギ事件で騒いでいる場合ではない。机上で妙な論理をひねり出す役人に任せておいたらとんでもないことになる。油断していたら、あなたも寝たきりになるかもしれない。そのときになって慌てても遅い!今、福祉が危ない。公器はこういうところで使うべきだと思うのだが、どうだろう報道陣諸君よ。

2009年4月24日金曜日

1円パソコン

昨日ヨドバシでネットパソコンを購入した。ACER製で160GBのハードディスク・無線LAN内蔵。7時間もつ別売りバッテリーとマウスがサービスで1円。もちろんEモバイルとの2年契約付。ブログを始めて軽くて持ち運べるものが欲しくなった。OPEN OFFICEをインストールしたので私用には支障なし。キーも思った以上に打ちやすい。いい買い物をしたと今のところ大満足だ。
実は理由がもう一つ。5月11日から1週間、入院することになり、すぐに必要になったのだ。これで入院中もブログを続けられる。外付けDVDも手に入れたし暇つぶしに困ることはないだろう。
店は休業します。ごめんなさい。代わりに5月の連休は3日の日曜を除いて営業します。連休で退屈したら寄ってください。もしかしたら大阪を離れた人が訪ねてくれるかもしれない。転勤や結婚でしばらくご無沙汰の人と再会できるかもしれない。

2009年4月23日木曜日

カーネーション 2

リスボンは街頭に人が溢れ、さながらカーニバル。もし戦車や多数の兵隊の姿が無ければ革命だとは信じられなかっただろう。40年以上続いた独裁政権が青年将校達の決起によって脆くも瓦解したのだ。しかも兵隊は射撃命令にも従わず無血で目的を果たした。
民衆は歓喜した。展望のない植民地戦争。生活苦。閉塞を打破した兵隊に民衆は抱きつき、娘たちは花束を差し出していた。花束を受け取り、赤いカーネーションを銃口に挿した兵隊たちは誇りに輝いていた。
チェコの改革はソ連の戦車に踏みにじられ、ベトナム戦争は泥沼化。当時の政治状況の中で、この後にカーネーション革命と呼ばれる出来事は一種の奇跡だった。スペインの民主化に大きな影響を与え、ベトナム戦争の終結を予感させたのだ。あきらめてはいけない。世の中、そう捨てたものじゃない。
目的の大西洋岸を旅して帰って来たリスボンは坂道と犬の糞とファドの街に戻っていた。

2009年4月21日火曜日

カーネーション 1

74年4月。日本はオイルショック後の不況。一時帰休(レイオフ)が広がり、強制された休みに一部の若者は海外旅行に出て行った。当時、切れ切れに発表されていた檀一雄の”火宅の人”に触発された私は断念したポルトガルへ向かった。マドリッドで数日遊び、リスボン行きの夜行に乗り込んだのは24日。
翌朝、国境を越えた列車は田舎の駅に突然停まった。ホームには武装した兵隊の一団。乗降口を封鎖した。何が起きたのか、同室のポルトガル人、彼は出稼ぎのパリから兄の結婚式に帰郷途次なのだが、さっぱり判らないと云う。お互い片言の英語では意思疎通もままならず事情不明のまま、軟禁状態が続いた。将校が現れたのは昼をはるかに超えた頃だった。リベラシオン!聞き取れたのはたった一語。革命か、えらいところに出くわした。不安が一気に膨れ上がった。

2009年4月20日月曜日

ハナミズキ

葉桜になったらハナミズキが満開。淡いクリームとピンクの花の並木に小さ
なパン屋。JR伊丹近くのこのパン屋のバッケットがお気に入り。ワイン会用
に3本焼きたてを買った。袋を抱えると熱い。先月はその熱を暖かいと抱きし
めたのだ。季節の移り変わりの早さを感じる。今日のワイン会はシャンパン
と白が一本づつ。来月から白の本数をあげよう。きりっと冷えた液体が心地
よい初夏だ。
MAZINさんのサポートでホームページに先月のワイン会のリストがUPされて
います。少し判りづらいでしょう。ブログやプロフィールの列の中にある
イベントをクリックして下さい。今月のリストも近々UP予定。来月のメイ
ンはマグナムのシュバリエ・モンラッシェ。最近は2席余裕があります。参
加希望の方は早いうちにお申し出ください。(4月19日記)

2009年4月17日金曜日

特捜

大阪特捜部が身障者団体の郵便割引制度の悪用事件の立件に動いている。例の如くマスコミは検察のリーク情報の垂れ流しだ。なぜこんなチマチマした事件が特捜の対象なのか?今朝の新聞で一端が明らかになった。民主党の牧代議士。東京特捜の小沢秘書逮捕と合わせてみれば検察が民主党を狙い打ちしていることは明白だ。
長銀事件の無罪確定で特捜が敗北したことは記憶に新しい。だが事件を捏造した反省や責任の所在を検察は語らない。マスコミも無視だ。検察の暴走を阻止するシステムをこの国は何も担保していない。恐ろしい。
村上ファンドによる阪神株の買占めが結果として阪急との合併を促した。巨大な負の遺産を抱えた阪急が優良な阪神を飲み込み、阪神の従業員は劣悪な阪急従業員の待遇におとしめられようとしている。本来なら反対を叫ぶべき社員も買占め阻止のためには仕方ないと唯唯諾諾だ。ライブドア事件の立件で思うような成果を残せなっかった検察が村上ファンドにターゲットを変えたのは周知だが、阪急電鉄に元検事総長が天下った事実を知る人は少ないのではないか?誰が裏で糸を引いたのか、じっくり考えてみたらどうだろう。

2009年4月16日木曜日

バリ島 その1

バリ島になんと14回も行っている。我ながらよくも通ったものだと思う。
初めての印象。ミゼットのような三輪の乗り合いバス。荷台に詰め込まれて眺めた農村の風景。稲穂の水田。農家。ヤシの木。水牛。既視感に捉えられた。ただ、以前に見たことがあるとゆう感覚ではない。誤解を恐れずに言えば、昔、僕はここに生まれ、生きたのだとゆう確信。前世の記憶とでも表現するしかない不思議な感覚だ。
比較言語学の学者(名前は失念してしまった)の本を読むと、日本語は北方からのモンゴル語族と南方のポリネシヤやインドネシアの言葉の複合で成立しているとの説が紹介されていた。南方の影響は畳語の多用にあるのだと云う。例えばころころ。同じ言葉を重ねる=畳語だ。インドネシア語では歩くことをジャラン、重ねてジャラン・ジャランは散歩だ。そうか、赤道の彼方から古代に日本列島にやってきた人たちがいたのだ。先祖にバリからやってきた人がいてもおかしくない。だからこその懐かしさなのだと勝手に納得した。

2009年4月15日水曜日

正露丸

子供の頃からよくお腹をこわす。だから旅行に正露丸は必携アイテム。インドやメキシコなど誰もが下痢するところに行く時には大量に買い込んだものだ。
フランコがまだ君臨していたスペイン・マドリット。街角毎に小銃を抱えた兵隊が立つていた。カフェでたまたま会った学生たちと雑談していたとき、スペイン人にフランコをどう思うのかと不用意に尋ねると血相を変えて口を塞がれた。あたりの様子を窺いながら、学生がその名を口にするな!ゲシュタポに捕まるぞと真剣な顔で声をひそめた。独裁下とはこうゆうことかと得心した。
安宿にもどって毎夜の酒盛りの間に日本の学生にその話をすると大きく頷いてこんな噂をはなした。マルセイユから国境に向かった二人の日本人が荷物検査で正露丸を見つけられて拘束された。どうも麻薬と疑われたらしい。大使館に連絡して釈放されるまで3日もかかったそうだ。その夜、まさかと思いながらも正露丸を捨てるべきか持っていくか迷っていた。そして同じ軍事独裁のポルトガルへ行くことを断念した。これが後年、ポルトガルの無血革命に立ち会うことになった伏線だ。

2009年4月14日火曜日

今、そこにある危機

医療の崩壊が叫ばれている。救急医療の問題や産婦人科・小児科の医師不足、あるいはリハビリの打ち切りなど多岐にわたる。この深刻な事態は全ての人にとって、今そこにある危機なのだ。小泉改革による医療費圧縮が一因であることは間違いない。”痛みのともなう改革”に騙されていると思うのだ。財政の均衡のために、仕方のないこととあきらめてはいないか。薬価を下げ、診療報酬を下げましたから国民に相応の負担増をお願いする。一見まともな議論に見える。
実態はどうか。製薬会社の決算を見たことがありますか。値段を下げたのに儲けている。理由は簡単。薬の許認可や薬価の決定を握る厚生官僚と御用学者が業界に丸め込まれているからだ。マスコミも広告費を出す業界に遠慮して追求しない。専門を選ぶ医学生は報酬の低い小児科や激務の産婦人科や救急科を避ける。負担が増えて医療の空洞化に直面する国民だけが馬鹿をみてる。もっと怒りましょうよ。

2009年4月13日月曜日

明日は吾が身

”訃報”のブログを読んだと暖かいメールを頂いた。友として信頼できる人だ
と改めて確認できた。感謝。
暮れに日比谷のテント村に対して冷酷なコメントを出した閣僚がいました。
(誰でしたっけ?投票日までしっかり覚えてますよ)”ホームレスがたくさ
ん紛れ込んでいるんじゃないか”とかいってましたね。仮に紛れ込んでい
たとしても、なにがいけないの?困っているのは同じだと思う。それより
人の痛みを感じられない人が政治家していることの方がよっぽど恐ろしい。
派遣やってる人にも責任があると言う方も多い。でも正社員だと安心して
たら、こんな状況です。いつ頼りの会社が倒産したり、再編されたりで失
業するかわからない。明日は吾が身です。
孤立し希望を失った人が一杯の雑煮に”今日ほどひとの暖かさを感じたこ
とはない。明日から職探しに頑張ります。”少しでもできることをする、
互助の気持ちは忘れたくない。

赤レンガ

昨日、桜ノ宮で花見の待ち合わせ。30分も早く着いてしまったので、あた
りをぶらついた。東口をでると喫茶店。柄の割烹着のおばぁさんがカウンタ
ーの中。お客さんも近所の7・80代ばかり。昭和30年代のままだ。横丁
のアパートも”3丁目の夕日”に出てきそう。
不動産屋の店先の物件案内に目が釘付けになった。徒歩6分、1DK5万。室
内の写真。ここまでは安いけど普通。コピーが傑作なのだ。一例”出直すた
めの足がかり。強く生きろ。言葉の後に明日に踏み出す都島めぐり”この下
に落書き風に赤字で”北海道めぐりのほうが良いと思う。”
笑いました。他にも十ほどの力作。一人でボケとツッコミ。やってしまうん
だな、大阪人。一見の価値あり。あとから来た人に紹介すると皆ニヤリ。
大川端に出ようとガードに入ると古い赤レンガの部分が残っている。多分、
環状線の前身、城東線時代の痕跡だろう。スクラップ・ビルドというアメリ
カの効率優先思想が全盛だった時代に歴史のかけらをを残そうとした国鉄マ
ンがいたのだ。戦前・戦後の工業地帯だった頃の都島。労働者たちがガード
をくぐって会社に急ぐ姿をこの赤レンガは眺めていたのだろう。

2009年4月11日土曜日

訃報

訃報があった。高校の同級生が自殺した。昨年だったか早く店を閉めたとひとり訪れてくれた。昔話にひと花咲かした。家業の市場の魚屋を継いだがスーパーに押され居酒屋を始めて25年だと語っていた。じゃクラス会でまたな!と別れたのが最後だった。
経済的な問題だろうか?同じ飲食業だし、不況で苦しいのはお互い様、よく判る。今年60歳だ。転職は難しいし、改装や移転を考えても個人経営では融資もままならない。先行きの不安?病気?最後になにが彼の背中を押したのか、考えても判る訳もない。ただ切ないだけだ。
98年以来毎年自殺者数は3万人を超えている。だが自殺予防の積極的な対策が取られたとは聞いたこともない。手をつけないのは消極的な棄民政策だと思うのだが如何なものでしょうか?

2009年4月10日金曜日

駄六川

あったかい日が続いて身体が軽くなったよう。
自宅前の駄六川に野鯉の群れが帰って来た。冬の間は猪名川の深みに潜んでいたのだろう。流れの幅は3メートルほどの小川だが、4・5百メートルの間に百匹はいるだろうか。浅い水の中をゆったりと泳いでいる。川の向こう側にタイア工場が稼働していたころにはその姿に気付かなかった。工場移転後に水が澄み、目立つようになったのか、この7・8年は桜の時期に現れる春の使者だ。
例年ならゴールデンウイークの頃に産卵シーンがみられる。産卵する雌に雄が争ってのしかっかって行く。壮観。
川がきれいになって、さまざまなトリも訪れる。昆陽池が近いせいか、大型のサギやカモが餌を漁る姿を見かけたり、ときには渓流でしかおめにかからなかった色鮮やかなトリまで飛翔する。居ながらの自然観察は楽しい。

2009年4月9日木曜日

野外料理 その3

大山にキャンプに行くと必ず皆生温泉の立ち寄り湯へ出かけた。広い露天風呂が気持ち良い。湯帰りには境港に晩飯用の買い出し。新鮮な魚貝類がお目当て。
あるとき赤貝の干物をみつけた。千円で結構な量。小さすぎて流通できないものを干して地元ではだしにするとのこと。これか!とひらめいた。米子名物、赤貝の炊き込みごはん。寿司ネタの赤貝を炊き込みとはえらい豪勢だと思っていたが日用品だったのか。早速買い込み、酒の当てにさざえと鯵をもとめてきた。
米を洗い、ささがきゴボウと土ショウガの千切りと赤貝。水を計り薄口醤油を加えた。
さざえと鯵は網で焼き、缶ビールを開ける。ビールから酒に。そろそろころ合いか。炊く。磯の香に上質のだし。山で実生の山椒の葉を見つければ最高。色目もいい。

2009年4月8日水曜日

桜切る馬鹿

JR立花の桜並木、今朝も通院の道すがら眺めた。
だが2年前に入院するタクシーから見た印象と明らかに違う。みすぼらしいのだ。蕾の時には目立たなかったが満開間近な花が訴えている。殊に北側の並木にボリュウムがない。すぐに気づいた。刈られている。電柱に高さを変えて走る3本のライン。下側の太いケーブルに触れないように剪定されている。たぶんあれは光ケーブルだろう。
知らないのか、桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿。
学生時代のこと。列車でウイーンからブタペストに向かう夜行。朝になって車窓の風景に違和感を覚えた。西側の国をうろうろする間に電信柱の無い景色に慣れてしまい、その無様さを生まれて初めて理解した。国境を越えたとたんの落差。東欧の貧しさを実感した。
あれから40年近く、光ケーブルを引くために桜並木を傷つけて良しとするこの国のありようはどう形容したら良いのだろうか。

2009年4月7日火曜日

野外料理 その1付記

トリッパの材料の”はちのす”についてご指摘がありましたので、お知らせします。スーパーや百貨店の食料品売り場で焼肉用として販売している、焼いてすぐに食べられる加工済みの商品を使用して下さい。掃除・下茹でに相当の手間暇を掛けられています。生の第2胃そのままでは、すぐに食べられません。ご注意下さい。

2009年4月6日月曜日

野外料理 その2

僕は2種類の中華鍋を使って様々な調理に挑戦してきた。オーブン料理・
燻製などお手の物。仕掛けはいたって簡単。両手と片手の中華鍋。(片手
の方が若干小さいのが使いやすい。)後は百均に売ってる焼き網。丸い網
なら下にする両手鍋の真ん中あたりに収まればよい。四角い網なら4隅を
ペンチで折り曲げる。この網に材料を載せ片手鍋で蓋をし、火にかければ
速成オーブンのできあがり。ローストビーフだろうとピザ・グラタンだろ
うと火加減さえ間違えなければOK。燻製なら網の下にチップを入れて火に
かければいい。
ちょっと凝りたいなら中華風燻製がおすすめだ。チップのかわりに一合の米
と砂糖大匙2杯に茶葉を大匙1杯。僕はジャスミン茶をよく使用するが香り
づけなので自由にためしてください。一塩したとりもも肉を燻製すると砂糖
が甘いテリを生む。スライスして白髪ねぎとサンドイッチ用のパンに挟み、
豆板醤で味付け。香菜をアクセントに。苦手な方はバジルやレタスなどお好
みにどうぞ。

2009年4月5日日曜日

焼鳥

小学生の時に東京から大阪に引越してきた。大阪に来て初めて知ったもの。
たこやき、いかやき、ちょぼやき。ロバのパン屋。いろいろあるけれど一番驚いたのは
焼鳥が鶏の肉だったことだ。
幼い頃、閉店後にお風呂に行った帰り。甲州街道沿いに並ぶ屋台の焼鳥屋で、風呂上がりの一杯を飲む大人にまじって食べるモツやハツが焼鳥。いわば豚の内臓が僕のSOUL FOODだ。ところがいつの頃からか東京で、焼とんの暖簾が目につくようになった。どこのだれが言い出したのか知らないが、不当表示などと難癖をつけたのだろう。確かに豚だから、焼とんは内容を正しく反映している。焼豚では中華のチャーシュウとまぎらわしい。だが僕のなかではあくまでもモツが焼鳥だ。文句があるなら風呂屋は湯屋に正しなさい!念のためだが風呂はその字のとうり蒸し風呂のことだ。

セ・ラ・ヴィ

昨日、あいにくの雨の中、VS広島戦に行って来た。正直なところ、よく勝点1を拾った印象だ。パスを奪われる。変則3バックからの前線参加で、数的優位を作られる。攻め込まれる時間が続いた。なかなか持ち前の攻撃に移れない。やっと攻撃にかかってもルーカスと両FWの連携がちぐはぐ。逆に広島の攻守の切り替えの早さが目立つばかりだ。
同点のお膳立ては、なんと主審。なんでPK?あぜん、ぼうぜん!まぁガンバファンとしては喜ぶところだが、釈然としない。不可解な判定はまさか京都戦の誤審のお詫びではないだろうね。
サッカーファンになってから、いつも頭に浮かぶフレーズがある。”セ・ラ・ヴィ”それが人生さ。思いどうりにいかないこと。不運。不公平。だからこそ一瞬に煌めく美しいゴール!昨日観た。チョ・チェ・ジンの放ったシュートがゴールに突き刺さる一瞬、音が消え僕は時から解放された。

2009年4月3日金曜日

密造人

20年ほど前スマグラーとゆうスコッチを知った。密造人とは面白い名前だと、棚に並べた。スコットランド人がイングランドの領主に酒税を支払うのを嫌って山間で密造酒を作り始めた。露見を恐れて煙の少ない泥炭を燃料にしたことから独特の香りが生まれた。逃げ出す際に隠した樽を数年後に開けてみると、まろやかに熟成していた。エイジングの発見だ。この有名な逸話から誇りをこめてスマグラーと名付けたのだろう。最近見かけることがない。まだ製造されているのだろうか?
酒税といえば日本では発泡酒から第3のビールのメーカーと政府のいたちごっこが耳目を集める。官僚は税収の確保のための法整備には積極果敢・迅速だ。税金が飯のたねと自覚してのことだろう。ところが国民が本当に切望している行政改革には馬耳東風。いや、人事局局長問題をみれば明らかに逆行している。橋本知事じゃないが、霞が関をぶっつぶせ!と叫びくなる。その役人にいいなりになっている麻生首相は、空気の読めない、漢字も読めないダブルKYだ。情けない。

2009年4月2日木曜日

野外料理 その1

花見でバーベキュウは今や定番ですね。まだまだこの季節、弁当に酒では寒い。炭火が恋しいのもうなずける。だが人と同じことをするのもハイボールとしては面白くない。ある年の趣向は野外でイタリアン。
中華鍋と七輪を用意。イタリア製のベーコンのブロック2Kgを厚めにスライスしておく。半分は参加者がそれぞれに中華鍋の上で炒める。別に湯せんした缶づめのミートソースをベーコンにのせて食べる。赤ワインによく合う。お腹が落ち着いたところでベーコンから出た油でセロリの葉の部分をさっと炒めて香りづけ。葉を取り出しにんにくのスライスを炒め、鷹の爪、たまねぎ、セロリの茎と残ったベーコンを足す。あとはトマトの水煮を入れ煮立ってきたら、はちのす(牛の胃)を加える。トリッパの完成。皿にミントを散らす。鍋の要領で材料を適当に足しながら食べていけば、桜を愛でる余裕が出てくる。
締めにはパスタを茹で残りのスープを掛ける。種類は長短どちらでも、お好みでどうぞ。周りから羨望の眼差し必至。

2009年4月1日水曜日

おせっかいは嫌われる

下町を歩く楽しみの一つは軒先の植木鉢やプランターの草花だ。最近はデザインを意識した作品にめぐりあうこともある。そんな家の前を次の年に訪れると隣近所まで変わっていたりする。それぞれが意匠をこらし、春を競うさまはほほえましい。
子供のころの春の草花といえばチュウリップ・菫・パンジーなど種類も限られていた。最近は洋花の種も増えてきて名も知らない珍しい花をみることがある。そんなときに種の袋が横に挿してあるとありがたい。優しい心遣りだ。
ところが今日みつけてしまいました。左右の鉢の花の名が反対になっているのです。勝手に差し替えることはできないし、ベルを鳴らして呼び出すのも失礼だ。もし家人がたまたま表に出て来たとしても指摘するのは難しい。なにしろおせっかいは嫌われる。睨みつけられるのが関の山。気になりながらもほってきました。まちがって覚える人がいませんように!