2009年5月28日木曜日

核実験

邦画2本立てが当たり前だった時代、内外のニュースを伝える短いコンテ
ンツがあった。今でも歴史を回顧するテレビ番組の中に組み込まれた映
像にふれることがある。戦時中の戦意昂揚に利用されたりもしたが、貴
重な映像資料であることはまちがいない。
ぼくの記憶にも、チベット動乱、中印紛争、60年安保闘争、勤評などの
映像として残る多くのものが映画館で見たものだ。
今朝、朝刊でフランスが核実験保障へのヘッドラインを見たときに蘇っ
たのも映画館でみた映像だった。仏領ポリネシアでの水爆実験の不気味
なきのこ雲。これまで核実験の被害の存在自体を否定してきた仏政府の
方針変換は評価すべきだろう。だが、一説では兵士の被爆者だけでも、
15万人とされる。これからの多事多難が予想される。
北朝鮮の再度の核実験で、日本核武装論者の声が大きくなるだろう。だ
が使用できない核を持ってどうなるのか。まして実験しなければ核兵器
の有効性を検証できないのだ。北朝鮮に対して日本が核を持つ意味がど
こにあるというのだ。駄々っ子はほっておくに限る。相手にならなけれ
ば、やがて静かになる。例え国家崩壊で難民が溢れたとしても、その対
策に費用負担したほうが、不要な核兵器開発に金を掛けて国際的に信用
を失墜したり、実験で多くの被爆被害を出したりするよりずっと益しだ
と思うのだが。メンツや感情論に組してはなるまい。

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