2009年5月5日火曜日

高野山

子供の頃にGWに遠出した覚えがない。例外は中学2年のとき、母と弟と3人で高野山に一泊で出かけた
ことぐらいだ。一人娘で家を継がなかった母親が両親の供養に参詣したのだ。中学生には高野山は面白
くないところだ。寺ばかりで遊ぶ場所もない。精進料理もまだ口に合わない年ごろ。
唯一興味をひかれたのは奥の院で見つけた親鸞の墓。
真宗の開祖とされる親鸞の墓がなぜ真言宗の総本山にあるのか?宗教について考え始めていた僕には大
きな謎だった。

現在は上越市の浄興寺にある御本願が墓とされています。奥の院の墓はあくまで供養塔だと主張されて
いるようです。

親鸞自身は死んだ後は加茂川に流されて魚の餌になることを望んでいた。生涯、法然の弟子を標榜し、
寺を建てることも、まして教団をつくることも望まなっかった親鸞が、もし後世の姿を知ったならどん
な苦言を呈したのだろうか?

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